随分書いていなかった。
なにかがあったわけではない。なにかを書こうとする意思がいまひとつ弱いだけだ。書くのを辞めたわけではない。
夏について書く。
もうすでに暦の上では秋真っ盛りなのだけど、6月の初夏の頃に書いたっきりそのまま放置していたので、夏のことを思い出して書こうというわけだ。
また夏がやってきて、もうすでにどこかへ行ってしまった…というのが10月のセリフなのだろうけど、ここ何年かは10月はまだ残暑である。去年はすでに日本に秋はなくなったなと思わせるくらいで、紅葉は12月頃だったのではないか?とぼんやり思い出したりする。いや、記憶違いか?
それくらい遅くなってもあまり寒くならなかったような気がする。今年はそこまでではなさそうだけれど、まだ汗が出る。
そんなことはどうでもよい。今年の夏だ。7月の中旬。京都に行った。
京都なんて何年ぶりだっただろうか?…1992年の早春の頃だったか、フランスから戻って急に「和傾化」してしまい、ひとりで京都に出かけた。なんだかカラダが辛くて、八坂神社の前の階段に座り込んだ。高熱が出ていた。そのまま青いダッフルコートにカラダをくるむようにして、発熱の汗をかきながら実家に戻ったことを思い出す。
そう、それ以来か?京都。クソ暑い京都の夏。真っ青な空がまたしても僕のカラダの温度を上げる。清水寺の舞台の上でぐったり座り込んでしまった。どうも、京都は「熱」にやられる…。
去年、高校時代に軟式野球部なるものに在籍していたのだけど、そのOB会なるものがあって、卒業以来、だいたい高校のOB会なるものからは遠く背を向けていたのだけど、20年ぶりにその軟式野球部の時代の友人からじきじきに電話をもらって、来いと言われたので、出向いた。そもそも僕の連絡先を一生懸命調べてくれてわざわざ連絡くれたのだから行かないわけにはいかない。それが去年の話。
今年も同様に連絡をもらって出向いた。オヤジのお盆の季節である。必然的に実家に滞在していることになるので、タイミングも良い。
今年は「ゲンちゃん」が来ていた。ゲンちゃんも一緒に野球をやっていた親友だ。20年以上ぶりである。仲がよかったのだけど、彼は確か長崎の大学に行き、僕は2年名古屋で過ごして、その後東京に来た。だんだん疎遠になっていくのも若さからだ。会わなくてもいいと思っていた。
しかし、まあ、年齢もあるのだろう。なんの衒いもなく今は話ができたし、むしろもっと話したかったのだ。ゲンちゃんのバッティングフォームも守備の時のスタイルも20年前のまま。見た目は少しオッサンだけれど、動きのプロポーションは同じなのだ。僕もそうだったのだろうか?
ゲンちゃんは子供が二人いると言っていた。滋賀県に住んでいるとも言っていた。でも正確な連絡先は特に交換しなかった。それでいいのである。
また、来年、お盆の頃、野球をやる。
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