なんだか暖かい日が続いて、いつもより早いのかどうか定かではないのだけど、サクラが咲きそうな気配。
花冷えって言葉がある。
父の命日が近づく。すでに一周忌はこの間済ませて、ボクは実家に戻り、親戚が集まって故人を偲ぶという哀しいけど、ちょっといい一周忌だった。
去年の今頃、ボクは親父の調子が一気に悪くなったというので、実家に戻り、妹と交代で病院に泊まっていた。
一時的に回復の兆しが見えたので妹は今住んでいる神戸に帰ることになり、もうちょっとだけボクも実家に残って東京に戻る予定であった。妹が神戸に戻ったその夜、ボクは病室で親父と二人。テレビを見て、少し眠そうにしている親父に眠るように促して、尻の痛くなるパイプ椅子に腰掛けて、小説を読んでいた。
本は常に読んでいるのだけど、めったに小説なんか読まない。親父の病状の急変で読むべき本を持たずに帰省したために、実家の書庫の中から持ち出した『龍馬がゆく』なんか手元に持って病室にいたのだった。
12時を過ぎた頃から、親父の息づかいが荒くなり、苦しそうにしている。
足が浮腫むのでマッサージしてあげたり、少し香りのついた蒸しタオルで拭いて、髭を剃ってあげたりしていた。ありがとうと繰り返す親父の顔と荒くなる息づかい。その夜、なんどか看護士を呼びいくつかの処置を施した。
朝が来るのを待って、母に電話をした。母が到着したとき、すでに父の呼吸の間隔は広くなり、
母とボクは何度か「お父さん」と叫んでいた。妹にもすぐ電話を入れた。
親父の最後の言葉はなんだったのだろう?思い出してみると、荒くなった息の中で母の名前を呼んで、いるのか?と聞いたのだ。もうすぐ来るから待っててとボクは親父に伝えた。それが最後の言葉だった。
母が到着したとき、父はまだ意識があったはずだ。もう話すことはできなかったけど、母が来たのはわかっていたと思う。
その後一ヶ月はなんだか哀しんでいるという感じでもなく、なんだかボクはショックが大きかったのか、
なにもできない感じだった。とはいえ、お葬式があったりお墓の準備をしたり、銀行とケンカしたり…と
そのひとつひとつの出来事は記憶しているのだけど、一連の行為のつながりみたいなものというか
意識の流れみたいなものを思い出すことができない。
5年くらい前から親父の写真を撮っていた。笑いながら「葬式写真撮ったげる」と言うと
「お、そりゃ撮ってもらっとかなあかん」とか言っていた。
亡くなる一ヶ月くらい前だっただろうか…。電話があって写真持ってこい。
2つくらい持ってこい、選ぶからというのでプリントした。
二枚のうち一枚を見て「こっちにする。これがええ」と言って、病室で飲んでいる薬の裏紙に書かれた文書をボクに渡して、「ワープロで打ってくれ。それで、お父さんの印鑑ついて、この写真と一緒に書棚の下に入れおいてくれ」という。その薬の裏紙には「遺言書」と書かれたもので、「まだ慌てなくていいよ」とボクは言ったものの親父に言われたとおり、それを入力しプリントして書棚の下に置いた。
親父が亡くなった日、病院から母が戻ってきて、他の親戚も集まり始めたときにそのことを思い出して、
遺言書を母に渡した。
何百枚か撮っていた親父の写真。葬式が終わって実家にいる間に親父の写真集を作った。
オンラインでカンタンに作れるヤツだ。
親父が亡くなった直後からサクラは満開になり、遺言書にも西行のことが書かれてあった。写真集のタイトルには「桜だより」とつけた。もうじきサクラ…。
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