何度も書いているが音楽はほとんど聴かない。
別にこれといった理由はないのだけど、目の前に音源再生機がないというのが遠ざかっている理由だろう。パソコンで聞けるではないか?というが
しょぼしょぼのスピーカーで聞いてもね。なんかパソコンで音楽聞いていると、一曲が消耗品的に聞いている自分がいる。一回聞いたらオシマイ。
ましてやiPodなどという携帯用のヘッドフォンなんかで聞くのは論外だ。うるさくってしょうがない。耳元で音楽が鳴っているだけでイライラしてくる。前
にiPodが当たったことがあって(数年前)落語を聞いて電車に乗っていたのだけど、付属品のヘッドフォン(イヤフォン?)だと、耳の中のカタチが変なの
か?わからんのだけど、右側のイヤフォンがすぐに落ちてくる。これにイライラした。さらに、落語の場合、ひとつの話を聞き終わらないうちに目的地に到着し
てしまうことがあって、そういう思考の中断を迫られるのがイヤなのだ。音楽も同様で曲が終わらないうちに別のことしないといけなくなるのにも関わらず、
iPodなんかで音楽を聴く気にはならない。
そもそも音楽好きはiPodなんかで音楽を聴くのだろうか?
BGM好きと音楽好きとは違うのではないか?
静かすぎるのがイヤだというのはわからんではないので、BGMとしてなんか別の作業なり思考なりをしていて、後ろになにかが流れているというのはありか?
と思う。その昔、どうしても集中して本を読まないといけないときがあって、マクドナルドとファミリーレストランをハシゴしたことがある。周囲の雑音が逆に
集中力を高めるからだ。しかも、自分には話しかけてこない雑音。
紅白歌合戦は人気がない。毎年、騒ぐが終わると視聴率調査がでて、NHKは辛いなぁ…と思わざるを得ない。
どっちみち、実家に戻っても今年はすることがない。紅白歌合戦を真剣に見てしまった。
…おもしろいではないか。
紅白歌合戦でしか歌っているのを見たことのない歌手もいる。いや、紅白歌合戦でしか見ることのない歌手が出ている。これはありがたい。
まあ、子供の頃の紅白歌合戦はその年のヒット曲メドレーだったのだけど
今や、初めて見たり聞いたりする人も多い。昔の人は知っている。昔の曲は知っている。布施明はよかった。そして布施明のうまさを思い出すのだ。
後半は阿久悠の追悼的な構成になっていたのだけど、それでちょっと気づいたことがある。そういえば、最近の曲の歌詞には風景の描写がない。なんかココロ内
面をストレートに表現しようとしているみたいなのだけど、ココロの内面を表現するために風景の描写を入れて間接的に表現することでより、そのココロの内面
は伝わってくるということもあるはずだ。
もちろん描写するような風景が都市生活が全国に行き渡ってしまった日本にはもはやどこにも存在しないという理由もなきにしもあらずだし、それによって、ど
こにでもあった風景や想像できる日本の風景が共有できないというのもその原因かもしれない。作詞家の能力が阿久悠ほどにはないのも原因かもしれない。
といって演歌のようなものを指しているわけではないのだ。ポップミュージック(この言い方がすき)には歌詞が大切だったはずだ。明星とか平凡の別冊付録を遠足のバスに持ち込んで歌うのである。
歌はいろんなことを思い出させる…。
年末のちょっとした買い出しで、スーパーに行った。普段は気にとめないBGMに懐かしい曲が流れた。『Do You Remember
Me』。80年代初頭に、その頃すでに忘れられていた「奥様は18歳」の岡崎由紀が歌った曲。加藤和彦が作曲し、安井かずみの作詞で、考えてみれば、沢田
研二の組み合わせだ。安井かずみはもう故人となっているが、ボクは彼女の詩が好きだった。この曲なんどもカバーされているらしい。
やっぱり時々いいだしたくなるのだ。Do You Remember Me ?
あ、年が変わる。





最近のコメント