7月は終わってしまう。
ここに7月中はなにも書かずに終わるのは如何!と検討するのだが
ここのところ、話題がありすぎてなのか、自分の筆記能力が低下しているのか、はたまた体調不良が続いたからなのかはわからんのだけど、如何!わけだ。
とはいえ、どういうことか知識欲?は旺盛で、なにか新しい知識が頭に入ってきているなぁ…と自分で実感できるとちょっと安心したりする。勉強好きなのではない。頭がぼーっとしているような時があんまり好きではないのかもしれないなぁ…とか思ったりする。放っておいてもぼーっとしているので逆になんか頭の中に詰め込んでいる感じが好きなのかもしれない。
まあ、大げさなことではなくて本を読んでいる時間がかなり幸せだと感じるというだけの話だ。とはいえ、読んでいるその時は楽しいのだけど、その詰め込んでいて楽しいと感じているのはその時だけで、すぐにすっかり忘れてしまうのである。歳をとるとよくいわれることであるが、固有名詞はからっきしだめである。
つうわけで6月ー7月の読書。
『後藤新平 日本の羅針盤となった男』山岡淳一郎著 草思社
この手の伝記物案外好きである。オッサンになった証拠かもしれない。ただ、まだ戦国武将モノは読まない。ビジネス雑誌の釣り広告に見るような「織田信長にみる人材管理術」的なものを警戒しているからだ。伝記物で注意しないといけないのはオオモノであったとしても人殺しであったり、もしくはそれに準ずる事実があるにもかかわらず、概ねその人物を面白く描くために好人物にしていることがある。騙されてはいけない。後藤新平も台湾統治の際には原住民と相当やりあっている。鶴見俊輔の祖父だとは知らなかった…。
『福澤諭吉 国を支えて国を頼らず』北康利著 講談社
最近、大学生の第二外国語で中国語や韓国語を選択する学生が多いという話を聞いた。ボクなんかはアジアをすっ飛ばしてヨーロッパのことはそれなりに勉強したかもしれないけど、アジアはすっかり抜け落ちている。韓流ブームなどによる一時のブームかもしれないのだけど、日本が東アジアに位置していることは紛れもない事実なのである。富国強兵の明治時代にはおそらくアジアであることをいわゆるインテリはもう少し意識していたのではないか?と思わせるのが福澤の「脱亜入欧」である。わざわざ「脱亜」とか言ってるしね。
『福沢諭吉の哲学』丸山真男著 岩波文庫
没後十年になるのか?丸山真男…なんか早い気がする。雑誌「現代思想」なんかでも亡くなった頃特集が組まれていたような気がするが、もう10年。大学に入った時に政治学専攻の先輩が『現代政治の思想と行動』をサークルのベンチに座って読んでいた。「これくらいわからねーとダメなんだよぉ!」とえらっそーに言われた記憶がある。そういうもんかなぁ…と思いつつ今丸山真男読むのは確かに面白い。憲法論議盛んな中丸山の先生の南原繁なんかも最近たくさん出てるね。
『芸術とマルチチュード』 トニ・ネグリ著 月曜社
いいねぇ!ネグリ。翻訳がいいのかなぁ。読みやすかった。
手紙の体裁をとっているのがいいのかな?
ネグリがフランスを離れて母国イタリアに戻って空港でそのまま逮捕されて自宅軟禁状態にあるという話なのだけど、なんか日本に講演で来る?という話を人伝えで聞いた。本当かしら?
『現代思想ガイドブック ガヤトリ・チャクラヴォルティ スピヴァク』スティーヴン・モートン著 青土社
先日、来日していたスピヴァクの講演を国際文化会館に聞きに行った。その予習として読んだのだけど、ざっくりと彼女の解説が書かれていて、それなりに役に立った。しかし、問題は同時通訳付きだとはいえ、英語の聞き取りができんなぁ…と落ち込む。
ま、それよりその後に友人、知人と六本木で日付が変わるまで食事しながらのトークが盛り上がった。
『花は志ん朝』大友浩著 河出文庫
志ん朝を見ておけばよかった。落語に興味をもってほぼ毎週のように寄席に通い始めた頃志ん朝は亡くなったのである。残念ながらその高座を見ることはできなかったのだけど、残されている音源からも花のある高座だったことはよくわかる。まあ、ウマイのよねぇ…。死んだ親父が好きで、出ているCDをほぼ全部死ぬ前に病院のベッドで聴いていた。
棺桶の中に「文七元結」をいれてあげた。
『晴れたらライカ、雨ならデジカメ』田中長徳著 岩波書店
この人は本当にカメラが好きなんだなぁ…と毎度感心させられる。よくもまあこれだけ書けるなぁ…とその著作の多さもさることながら一貫して同じテーマで書いているわけである。そのせいかネタの重複も多いのだけど
なんとなく文章からにじみ出る人柄の良さみたいなもので許せてしまう。
この人の写真かなりボクは好きなのだけど、それよりカメラこのこと書く文筆業の人と思われていないか?いい写真家だと思うのだけど…
『<民主>と<愛国>』小熊英二著 新曜社
内容はともかくとして、とにかく分厚い本である。地下鉄の中で立ちながら読んでいるとこれは上腕筋を鍛えるビリー並みの筋力トレーニングになる。こういうデカイ本は読む側からすると分冊にして欲しいのだけど、それだとおそらく売れないのだろう。
それにしてもよく調べたなぁ…というのが実感。戦後の文献をこれだけ集めて一冊にまとめるのはボクなんかから考えると一生かかってもできないのではないか?とか思うのだけど、この人、それ以外の本も結構分厚いのである。なんか自動的に書ける方法でもあるのだろうか?
『現代の哲学を読む3 デリダ きたるべき痕跡の記憶』廣瀬浩司著 白水社
大学で勉強していたとき、せいぜい初期のデリダの書物を読んだ程度であった。とにかくデリダはおっそろしく多作なので、翻訳の出版も追いつかない感じがしていた。もちろん重要著作だろうと言われているものはどこどこのだれそれが翻訳中とかという情報はあったものの、後期のものはなんだかよくわからなかったのである。この本の著者廣瀬さんにはその昔いろいろ指導してもらったのだけど、今回デリダのボクの知らない著作についてうまく説明してくれている。もうデリダも死んじゃってるのねぇ…なんかみんな死んじゃうねぇ…。
『権力の読み方』萱野稔人著 青土社
アクチュアルである。これをアクチュアルと言わずして…と久々に絶賛したくなった。とはいえ、これは過去に書いた論文をまとめたもののようで
以前の『国家とはなにか』より短い文章が多いのがよい。これだと電車の中で一つ読んで…ということができる。テレビに出ている姿を見るとちょっとヤボったい感じなのだけど、文章は迫力ある。読みやすいしお奨めします。権力に関心のある方。(^^)
『見続ける涯に火が…』中平卓馬著 OSIRIS
いろんな神話がまとわりついている中平卓馬だけど、記憶喪失になる前の文章を集めた論文集。いくつかちょろちょろと読めるモノはあったのだけど、こうしてまとめられると、中平卓馬という人がかなり冴えた写真評論家であったことがわかる。なるほど実際の写真家でこれだけ言葉を紡ぎだせる人はそういないんじゃあないかなぁ…と思う。この世代の人たちが写真を撮る行為や写真についてかなり真摯に考えていたとは思うのだけど、これだけの文章力があると迫力ありますなぁ…
と、書いてみたものの、読んだ直後だともうちょっと感想もそれなりにあったり、なんか論評でも…と思うのだけど、なんかかなり忘れちゃってるわ。忘れるのはほんとに早くなってくる…。これまた如何!なのである。
最近のコメント