昔のmorigo
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4月も終わり。 それにしても新しいシステムを導入してからというもの、アクセスが遅すぎて更新する気力がそがれる。そんなことないですか?いわゆるASPでTypePadってものを使っているのだけど、なんだか改良したというより前より遅いから面倒になったなぁ…という印象。もとに戻そうかなぁ…。あーあ
サクラが咲いて散った。それだけ。毎年ある。
風邪を引いた。喉が痛いなぁ…と思っていたら熱が出た。風邪を引くことを忘れていた。うがいして、飴なめて…風邪だとはまったく思わなかった。いづれになおるだろうけど、最近なかなか風邪がなおらない。体力の低下である。それだけ。
単調な日常、ま、それもよい。それだけ。
単調な日常の中にもいろいろあるのである。それだけ。
花冷えの夜と気のふれそうな日中の桜。
春の訪れと共に、世の中の浮かれた感じと一抹の狂ってしまいそうな不安。そういうものをこの季節になると感じたりするのだが、なぜか桜を眺めていると思い出す人がいる。そのオヤジは「九やん」と呼ばれていた。子供の頃の話である。祖母がたばこ屋をやっていたので、小学校の授業が終わると、同級生たちとそのたばこ屋に出向いて遊んでいたのだが、いつも「九やん」は店の入り口に置いてあるコカコーラの長いすに杖を持って腰掛けて、遊んでいるボクたちに話しかけるのである。子供の頃のボクたちからみれば、もうおじいちゃんである。丸刈りの頭は白髪。髭も白髪。ニッコリ笑うと一本の歯も残っていない。エコーという黄色いパッケージのタバコをゆっくりとふかしながら、遊びに興じている僕たちにヤジともつかぬかけ声をかけるのである。一度隣に座って話をした記憶があるが、何を話したかは覚えていない。ただ息の臭さが記憶に残っている。 渥美清の寅さんを思い出すのだが、かつてどこの街にもいた「何をしているのかわからないオジサン」だったのである。今だったら危険人物として警察なんかの監視対象になってしまいかねないし、そういうオヤジと子供が二人でベンチにでも腰掛けていようものなら、通報されかねない。彼は身よりはなく、いつも街中を杖をついて歩いていた。仕事をしているとは思えない。なにせ、日中店のベンチか人の家の縁側に座って話し込んでいるからである。彼は「びっこ」だった。戦争でそうなったのか、生まれながらにそうだったのかわからない。とにかくいつもどこかで見かける。だけど探すと見つからない。お祭りの時は公民館の縁側?に腰掛けてコップ酒を飲んで赤い顔をしていた。そんな「九やん」のおしりを蹴って走って逃げるのである。びっこの「九やん」は「あほぉ!ワルガキがぁ!」といって怒るのだが、びっこなので走れない。 「九やん」はたばこ屋をやっている祖母ともその店の入り口でよく話をしていた。どうも今考えてみるに、人間関係の密接な村社会にあって、もめ事などの仲裁役的に振る舞っていたのではないか?と思うのである。何か話したい、話相手も密接な人間関係の中では話しにくい。そういうときに「九やん」は足をさすりながら話を聞いているのではなかったかな?と。春の陽光の中で着物を着て前掛けをして木製のコカコーラのベンチに小さく座っている祖母とびっこの「九やん」が杖をたてかけ足をさすりながら並んでいる姿。とはいえお互い顔を見ることはなく、店の右手にあった一本の桜を眺めながら、沈黙の中で二言三言話すのである。その祖母は数年前、ボクが実家に帰って入院している病院にお見舞いに行ったその晩死んだ。お見舞いに言ったとき「ちょっと熱があるみたいだ」というので手を握ったらやはり熱かった。その手の熱さはまだボクの手の中にある。 十数年前父から「九やん」が死んだという話を電話で聞いた。もうオトナになっていたボクは「あー、そういえばいたなぁ」と思い出したのだが、身よりもないので村のみんなで葬式やってあげたと聞いた。今も祖母がやっていたたばこ屋の前には木製ではなく赤いピカピカしたコカコーラのベンチがある。座る人はあまりいない。
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